心ふるえ夢踊る日々をケアするファルマ帝王


テイコクファルマケア株式会社

代表取締役社長 

笠井幹哉氏

 

2017.5.7(日)15:30 

香川県東かがわ市生まれ


笠井幹哉

◆業種

製薬メーカー

 



◆子供のころになりたかったものは?

錦鯉

幼稚園の頃、錦鯉がとても好きだった。

近所に田んぼの一部を掘り、水を溜めて錦鯉を飼っている人がいた。

欲しいと言って貰い、自分の家の敷地にも池をつくって自分で育てた。

錦鯉に異常に興味があった事を覚えている。

当時は、錦鯉になりたかったんじゃないかと思う。

中学生の頃になると、アイドル歌手になりたいと思った。

歌謡番組が全盛期の時代で、毎日見て真似てその気になった。

結構影響されやすいタイプだったのだと思う。

何処かに頑固さを秘めてはいるが、結婚するまでは親の引いたレールに乗って生きてきた。

私自身も、ずっと親の期待に応えたい!親の喜ぶ顔が見たい!と思っていた。

父方は、武士の家系だが、近年は代々宮大工を務めた。

そして、私の父親からサラリーマンになった。

その影響もあってか、私もサラリーマンの道を歩んだ。

というよりは誘導された感じだ。

高校まで、香川県で過ごし、大学は大阪へ出た。

しかし、最初から卒業したら地元に戻る約束だった。

東京の大学にも合格したので、私としては東京に行きたかったが、大阪の大学を選んだのは、東京へ行ったら地元に戻ってこなくなるのではないか?と父が懸念したせいもある。

また学部が応用化学だったのは、家から一番近い会社が帝国製薬だったこともある。

父の予定通り、大学を卒業したら、帝国製薬に就職した。


◆毎日欠かさずしていることはありますか?

朝と晩に、自分のアイデンティティが楽しみや刺激を受けているか確認する。

2年前から異業種交流会、経営者交流会、営業セミナー等に参加するようになった。

そこで多くの刺激を受け、今まで無感動の人生だったことに気付いた。

何億の商談が決まっても、全く刺激にならず、嬉しいとか楽しいとか思った事もない。

そこで自分は何で刺激を受けるのか?考えてみた。

人のために何か役に立つ事が刺激を受ける事がわかった。

その思いもあり杖から手を離しても落下しない商品『杖用ショルダーベルト』ARUKUTOMO(アルクトモ)を発売した。

半身不随で杖をついている人から、「一度杖を落としてしまうと拾えないので、落下しない杖があったらいいな」という発想から生まれた。一人でも多くの方に使って頂き、役に立ちたいと思う。

また、2020年東京オリンピック・パラリンピックも視野に入れ数多くのアスリートや障害者アスリートを応援している。


◆自分の支えになった、或いは変えた人物・本は?

1、両親

私は長男なので、小さいころ頃から、両親の期待と重圧を感じていた。

両親に聞いたら、「いやいや好きな事をさせてきたし、のびのび育てたよ。」と言うかもしれない。

確かに、何不自由なく育ててもらったが、私にとっては我慢の人生だった。

両親の期待がわかるので、両親に喜んでもらいたい、両親の喜ぶ顔が見たい!という私の欲求と、もっと自由に生きたいという葛藤があったのだと思う。

両親の期待に応えたいという気持ちが強かったので、両親の影響力はかなり大きい。

現在東京に20年以上住んでいるが、当初は2、3年の転勤予定だった。

父の友人が帝国製薬の重役だったために、父も2、3年で帰ってくると安心していたのだろう。

しかし、上司の要望で東京に残り続け、社長になった。

最近は、帰ってくる事を諦めたようで、いつ帰ってくるんだ等と言わなくなった。

父は父で地元の活動に専念していて、今年叙勲受賞した。

それなりに忙しいのと、一度も言葉にした事はないが、内心、息子である私の出世を喜んでいる事を感じる。


2、初めて参加した異業種交流会で出会ったPR会社の営業マン


社長に就任してから、異業種交流会に初めて参加した。

それまでは、同業者、いつも同じメンバーとしか交流してこなかったので、とても新鮮だった。

そこで人脈が増える事も知った。

初めて行った異業種交流会で、知り合ったのがPR会社の営業マン。

会社にも来てくれて、折角だから契約をしたら、このPR会社でも三ヶ月に一回、契約者であるお客様が集う経営者交流会をしているというので参加してみた。

人の繋がりが倍に広がる経験をした。

また、経営者の方々の発想や言葉はポジティブで、一緒にいて楽しいし、自然とアウトプットもポジティブになるのでいい循環ができる。

そこでは会社で足りないピースに気付いたり、組織運営のヒントを得ることもできた。

実際に新規事業が成立したので、人との繋がりの大切さを感じる。


◆自分の人生を変えたきっかけになった言葉は?

「一生懸命だと知恵が出る
中途半端だと愚痴が出る
いい加減だと言い訳が出る」

この言葉を聞いた時、「だよね。」その通りだと思った。


◆人生の転機はいつどんなことでしたか?

母が亡くなった時

10年前母が、肝臓がんになり余命1年と宣告された。

姉から連絡を受け、駆けつけたが母はピンピンして元気だった。

母には、病名も余命も知らせなかった。

その後、何度か会いに行ったがいつ行っても元気でいた。

具合が悪くなったのは、亡くなる1ヵ月前くらいからだ。

母は、宣告通り1年で亡くなった。

あんなに元気だった母の、あっけない死に直面して、「生き方を変えよう。」と思った。

やりたい事もやらないで我慢していても死んだら終わり。

両親の喜ぶように生きてきたが、これからは自分のために生きようと思った。

いろんな制約や問題もあるけど、死ぬこと以外はかすり傷。

これまでの生き方が、好きじゃなかった事にも気付いた。

自分の人生を満喫したい!思いついたらやってみよう!と思った。

このように考え方が変わって物凄く楽になった。


◆問題、障害或いは試練は?どうやって乗り越えたのですか?

大学受験の失敗

親の期待を裏切ってしまったことで物凄くショックだった。

落ちたことがショックだったというよりは、親のショックな顔を見てショックを受けたといった方がいい。

姉はストレートに進学したのに、長男である私は浪人する。

この、いたたまれなさといったらなかった。

父が、私の目の前に30万円を置いて、これが予備校代だと言った。

この浪人の一年間ほど勉強したことはない。

東かがわ市に住んでいたが、高松市の予備校に毎日一時間半かけて通った。

それまでの友達とも、この一年間は一切交流することなく真剣に勉強した。

その甲斐あって、翌年は大学受験に成功した。


◆夢は?

経営のリアル!(Pod cast)

社長就任中に売上を100億円にする!

毎年安定して18億円以上の売り上げがあるが、社長の任期が終わるまでに達成したい。

今は100億円の要素はないが、障害者や高齢者、双方のアスリートを対象とした商品を開発・販売をしたい。

特にアスリートのサポートをしたいと考えている。

また、地球の3分の2の人口を占めるアジアを中心とした海外進出も視野に入れている。

2020年、東京オリンピック・パラリンピックに向けてPRしたい!


テイコクファルマケア株式会社
http://www.teikoku-pc.co.jp/