ひらめきの医師



アストラル八幡クリニック

院長

興津 寛 先生

 

2008/11/4


齊藤丈真

◆業種


医師

 

 

◆子供のころになりたかったものは? 

 

父が医者だった為、高校生ぐらいから自然と医師を目指した。

 

 

◆座右の名

 

「一度何かに向って開かれた人の心はもう元には戻らない」

 

 

◆好きな食べ物は?  


パスタ(ペペロンチーノとかの白色、あっさり系)  



◆嫌いな食べ物は? 


ネギ系(臭いが残るのでやです)

◆一番楽しかったときはいつごろですか?  


中国留学のとき。


アフリカ出身のアメリカ人の友達とかと、街にあるレゲエパブに行ったり、当時
放送されていた、アメリカのワールドカップを一緒にテレビで見たりしたこと。



◆毎日欠かさずしていることはありますか?


肥田式強健術 トイレ掃除



◆人生の転機はいつどんなことでしたか? 


大学を卒業して、大学の医局に所属して診療に当っていたが、30歳となる前頃に行き詰まり感を感じるように。

 

それで、身体運動系などを学んでいた(この時期に、肥田式強拳術を学んだり、気功系の武術を学んだりした)。


そして、中医学を本格的に学ぶため、一念発起して、中国に留学することとした。


留学して中医学を学ぶことにより、身体に対する理解がより深まったと思うし、治療の選択肢も現代と東洋と、広がったと思う。

尚この中国留学(最初に広州、後に北京)中、北京に滞在していたのは僅かに1年半だったが、この期間の間に実に3人もの師匠というか、普通そう会いたくても出会えないような人たちに師事することとなった。

 

一人は中医学の皮膚科の大家の張志礼先生という方。


一人は八卦掌という中国武術の正式な伝人である孫志君先生という方。


もう一人は、ちょっと公開するのはためらわれますが、とある中国の仙道の伝人という方。


これらの方々に、短期間の間に、それほどこちらから捜し求めたわけでもないのに、出会って、師事することができたのは、不思議な縁、というか、今思えばほんと有り得ない事のような気がします。

次の人生の転機とは、中国から帰国してから、大学の医局に所属していた後、漢方の専門として医院を開業したが、その経営がうまくいかず、数年後に廃業。


そしてその後、書物などを通じて、西洋の神秘学に出会う。


そしてその延長線の最終地点として、シュタイナーに出会う。


現在は、現代医学と東洋医学を実践しており、尚シュタイナー医学を研究しています。

このように人生の転機は何度かありますが、結果としては無駄なものはなかったと思っています。

 

尚、「惹きつけられるもの」というのは、理由がどうというより、ほとんど「直感」的に惹きつけられる気がします。


◆開業したきっかけは?  


何かにチャレンジしたいと思っていた時期だったため、一度は挫折を味わった医院の経営に再チャレンジしたのがきっかけになっている。


とはいえ現実問題としては、超赤字の医院を引き継いだ開業であった。

正直黒字化できる自信は55%程度であったが、お陰様で、半年で黒字化に成功した。


人員や内装なども変えたが、一番の勝因は自分のモチベーションの高さではなかったか、と思っている。


なお、この医院名も電車の中刷りを見ていた時、フとひらめいたものです。


◆誇りに思っていることは? 


誇り、というか、自分の最も得意な分野が、「皮膚疾患を漢方で治す」ということなので、たとえばアトピーの人をきれいに治せたりできるとうれしいですね。


◆夢は?  


シュタイナー医学を世に広めること。


* 実は・・・他にももう少しコウトウムケイなものがあるのですが、それは実践できてから、お知らせしたいです・・・。

 

 

アストラル八幡クリニック

http://www.myclinic.ne.jp/yawata/pc/index.html

 

 



 

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