日本外食産業の先駈け!ハンバーガーに「愛を米こめ 」王



株式会社モスフードサービス

専務取締役

田村 茂氏

2012/5/24 1000


田村茂

◆業種

外食産業


◆子供のころになりたかったものは?

漫画家

漫画を、読むことも書くことも好きだった。

漫画の中では、自分にできないことが表現できる。

厳しい父に隠れ、漫画に夢中になった。

中学になると地元の新聞ではあるが、4コマ漫画に20数回も掲載された。

この頃になると、父も「勉強に差し障りがなければ」と認めてくれた。

漫画家になる程ではないと諦めたが、今後また描いてみたいと思っている。


◆毎日欠かさずしていることはありますか?

1、朝5時に起床

かれこれ30年以上続いている。

朝5時起床→6:55出社

これを毎日のように繰り返している。

決まった手順通りに事を運ぶ方が楽なタイプだが、ここまで継続できた自分を褒めてやりたい。

また、夕方6時以降は人とのコミュニケーションを大事にしている。

気の知れた仲間が、何気ない店舗の情報を教えてくれる。

店も食材も生き物。

どこそこの店は○○だった、等という生の声は貴重なものだ。


2、複式呼吸

モヤモヤした気持ちなどがあっても、複式呼吸を5、6回でもすればスッキリする。

「よし!今日も一日がんばるぞ!」という気持ちになれる。


◆自分の支えになった、或いは変えた人物・本は?

故 櫻田慧氏

モスバーガーの創業者であり大学の先輩でもある。

出会いは大学3年生の時。

4年生の卒業を祝う「追い出し会」に、櫻田氏がOBとして出席していた。

先輩といっても15歳も違うので、それまでの接点は全くなかったが当日は何故か隣の席になった。

出身地を聞かれ「岩手県です。」と答えると、更に「岩手のどこ?」と聞かれた。

櫻田氏は、証券会社時代にアメリカでの勤務経験もあるハイセンスな人だ。

とても、岩手県内のことなど知るはずもないと「ご存じないと思います。」と答えた。

それでも「どこだい?」と聞いてくる。

「大船渡市です」と答えると、更に「大船渡市のどこだい?」と聞いてきた。

「猪川町です。」と答えると、櫻田氏は「おーそうかい!私は盛町だい!」

なんと!盛町は猪川町から歩いて約20分のところにある隣町だ。

喜福(きふく)という、超有名な料亭の10人兄弟の末っ子だという。

そこから、急に親近感が沸き上がり方言での会話になった。

その日、櫻田氏はハンバーガーの「屋台」をやっているといって一枚の名刺をくれた。

それがモスバーガーだった。

その後接点もなく、私は就職活動に明け暮れ、都市銀行から内定を受けた。

しかし、就職するまでまだ数ヶ月ある。

その間、生活費を捻出するためアルバイトをしなければならない。

就職活動を機に、出版社のアルバイトを辞めてしまったので、新たにアルバイト先を探した。

その時、思い出したのが櫻田氏のことだ。

名刺を頼りに、新宿区にある神楽坂の本社に行ってみた。

当時は店も3店舗程度で、本社といっても店の裏に椅子が一つ置いてあり事務員が一人いるだけだった。

櫻田氏は不在だったが、成増店の早番として雇ってくれた。

朝6:30から昼ピークが終わるまで、ほぼ毎日働いてから大学に行った。

シャイで内気な自分だったが、接客業に挑戦して良かったと思う。

自分はそういう人間だ、と決めてしまうと楽しい世界に気づけない。

ある人から、「コミュニケーションが苦手で会話についていけなかったとしても、参加するだけでいい。」

「必ず10個の話題のうち、1つくらいは話に参加できるものがある。」

「9個は黙って聞いていたとしても、その時に語りなさい。」と教えられたことを思い出す。

実際、アルバイトは毎日がワクワクで楽しかった。

一緒に働く人も、お客様も皆良い人で、どっぷりモスに浸かっていった。

卒業が近づくにつれ、櫻田氏にも随分引き止められた。

櫻田氏は、これからの時代は流通系が経済の中心になるから、早く参加しておいた方が良いという。

しかし、まだ飲食業は水商売と判断されていて市民権がなかった。

銀行が潰れる時は日本が潰れる時だ!と信じられていた時代。

いくら毎日がワクワクでも、アルバイトを天職としては両親に説明がつかない。

私は、銀行を就職先に選んだ。

しかし、銀行に就職した後でも、櫻田氏からのラブコールは続いた。

私の勤める銀行に、口座が無いにも関らず「今、うちの残高はいくらかね。」と電話をしてきたりする。

そういうお茶目なところもある人で、なんのかんのと理由をつけては連絡をくれた。

ある日は「マル優制度について聞きたいから説明に来てくれ」というから行ってみると、やきとり屋で夢を語られた。

ハンバーガーを売っているけど、幸せを売っているんだ!

世の中を元気にするんだ!と熱く語る。

モスバーガーのミッションは、働く人の元気だ。

「君は何のために生きているのか?何のために仕事をしているのか?」と疑問を投げかけてくる。

その質問に即答出来ない自分がいた。

そのお陰で、改めて自分の人生を考えることができた。

「感謝・報恩・礼節」についても考えさせられた。

子供の頃、道徳の時間に習ったようなことだ。

もっと幼い頃から生甲斐を考えるチャンスがあれば、「世の中に役に立つ人間になろう」という自覚が早いうちから芽生えるだろう。

堅実かもしれないが…ワクワク感がない毎日を過ごすうち、銀行マンとしての生涯は「何だか違うな」と思うようになってきた。

櫻田氏の言葉には夢があり、ワクワク感でいっぱいだ。

まさに男が男に惚れた!といった感じだった。

「この人についていけば『何か』いい事があるんじゃないか!」と思った。

この何かは、目先の損得勘定とは違う『何か』だ。

結局、櫻田氏に魅了され、銀行マンは一年足らずで辞めることにした。

出会いというのは不思議なものだ。

この出会いがなかったら人生は全く違っていたことだろう。


◆自分の人生を変えたきっかけになった言葉は?

「人生はたらいの水の如し」
(タライ=洗濯や行水などに用いた平たい桶のこと)

櫻田氏の言葉。

タライの中で、水を手前に引けば、水は逃げて奥に流れていく。

逆に、奥に水を送れば手前に返ってくる。

これと同じで、相手の幸せを先に考えれば、自分にも幸せが自然と返ってくるという事だ。

また、信用という財産を先に作ることが大事だと教わった。


◆人生の転機はいつどんなことでしたか?

銀行を辞めた時

今となっては友人に「先見の明があったな」と言われるが、当時は相当な決断だった。

しかし、モスバーガーに転職して改めて思った。

「人を笑顔にする素晴らしい仕事なんだ!」

ワクワク感を優先し、生甲斐のある人生を選択して良かったと思っている。


◆問題、障害或いは試練は?どうやって乗り越えたのですか?

ライスバーガーの安定供給

1985年頃から開発が始まり、2年後1987年12月に発売された。

櫻田氏の「パンの変わりに米を使うんだ。」という言葉から開発が始まった。

私は開発の責任者となり、まずはライスプレートの製作に取り掛かった。

試行錯誤の末、完成したライスバーガー!

お金をかけ、大々的にプロモーションし、大勢のお客様が集まった。

ところが発売当日、当時700店舗あった店に十分な供給をすることができなかった。

一日一店舗300個の販売予定が、100個分しか供給できなかったのだ。

店に並んだお客様からも、店舗からもクレームが相次いだ。

お客様も従業員もがっかりさせてしまった。

私は責任を取って辞職を決意した。

櫻田氏に「申し訳ありません。責任を取って辞めさせて頂きます。」と言ったところ。

櫻田氏は「うーん」と暫く唸って。

帆船と蒸気船の話をし始めた。

帆船しかなかった時代、産業革命後に蒸気船が開発された。

開発当初の蒸気船は故障だらけで、海上から動けなくなったりしたこともあった。

そのせいで「やっぱり帆船が安全でいい」という声が聞かれた。

しかし、ここで蒸気船の開発を諦めていたら今日のディーゼル船や原子力船はありえなかっただろう。

その話を聞いていて、涙が出た。

「作り直します!」と、責任の取り方を変えることにした。

「もう少しがんばってみよう!」

この積み重ねで半年後、安定供給が実現した。

その裏には、社員総出の協力があってのことだ。

ライン工場だけではどうしても生産が間に合わないので、アナログ工場を稼動させた。

ライン工場は機械での流れ作業で、アナログ工場とは手作業のことだ。

アナログ工場では、人がライスプレートにタレを刷毛で一つ一つ塗る等、全ての工程が手作業でされる。

物凄く手間のかかる作業だ。

アナログ工場が休みの日は、休日も稼動させるためモスの社員が素人ながら交代で工場に出社した。

あの時、辞めていたらライスバーガーは存在しなかっただろう。

もうダメだ!と思ったときは「もう少しがんばってみよう!」という心が大切だとわかった。


◆夢は?

世界を放浪したい!

歴史が好きなので、日本も含め世界中の遺跡を訪問して周りたい。

今まで世界各国、遺跡の近くまで赴くことはあっても全て仕事、実際に立ち寄ったことはない。

定年後は、妻と二人で遺跡を見て周ろうと思う。

また、48歳から、若いときに憧れたエレキギターを習い始めた。

教室に2年通ったが、この間、出張の日以外休んだことはない。

今ではバンドを組んで、一年に一回クリスマスコンサートを開いている。

更に、59歳!今また漫画にチャレンジしようと思っている。

株式会社モスフードサービス
http://www.mos.co.jp/

 

モスバーガーオンラインショップ
http://www.rakuten.co.jp/mosburger-onlineshop/

 

東日本大震災の翌日に出版された櫻田慧氏の物語
木下繁喜著 「羅針盤の針は夢に向け」

 



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