人類の健康未来を開くパイオニア「断糖」王


ハタイクリニック

院長

西脇 俊二氏

 

2018.8.17  18:00


西脇俊二

◆業種

 

医師

 

 

◆子供のころになりたかったものは?

 

小学生の頃は、エンジニアになりたいと思った。

 

エンジニアがどんなものかはあまりよくわかっていなかったと思う。

 

ただラジコン少年で、ラジコンを操作するのも作るのも好きだった。

 

当時、日本人で飛行機のラジコンで世界チャンピオンになった人がいた。

 

そのひとはラジコンメーカーの社員だったので自分でつくったものでチャンピオンになった。

 

その世界チャンピオンになったラジコン飛行機を買ってもらったときはとてもうれしかった。

 

高校生、特に大学進学を考えるようになった頃は、自衛隊戦闘機の操縦士か建築家になりたいと思った。

 

というのも会社務めは無理だろうと考えていたからだ。

 

小学校の頃から児童会長などを務め、皆が従ってくれたが、はたして私自身は慕われていたのかわからない。

 

私は自分が好きではなかったし、切れやすく、周りの空気も読めずに人を傷つけてしまっていたのではないかと悩んだこともある。

 

枠にハメられることを嫌い、暴言を吐くこともあり、友達も少なく人付き合いが上手ではなかった。

 

大学受験が近づくにつれだんだんリアルに考えるようになった。

 


 

しかし、自衛隊に入ったからと言って戦闘機の操縦士になれるかわからないし、建築家といっても人から依頼されたものをつくるなら自分の好きなものがつくれるかどうかはわからない。

 

考えた結果、医者になろうかと思うようになった。

 

当時は北海道の進学校に通っていたので、数少ない友達2人が2人とも医者の息子だった。

 

その友達と「うーん医者もいいよね。」なんて話していた。

 

自分の考えで治療方針を決めて治療できる職業だと思ったからだ。

 

ただ医学部を目指そうと決めたのが結構遅かったので、現役では無理だろうと考え、とりあえず北海道大学の理1を受験して、受かっても入学せずに予備校に通い医学部を目指そうと思った。

 

ところが、大学の1次試験を通過し2次試験の日、試験の最中に「もし合格してしまったら、医学部進学の気持ちがなえてしまうのではないか?」と思った。

 

そう思った瞬間、「試験会場から退場する。」という行動に出た。

 

すると、4人くらいの同級生が一緒に出てきてしまった。

 

その後、札幌の医学部進学コースの予備校に倍率3倍で合格し、寮下宿に入った。

 

しかし、せっかく入った予備校に行ったのは初日の1日のみ。

 

初日に年配の先生が、「皆様残念でしたね。でも、1年長生きすればいいだけですから。」といったので、そうか!1年長生きすればいいんだ!と素直に思ったことを覚えている。

 

下宿した先は、寮母や管理人の全くいないところで、下宿仲間が毎日朝まで酒を飲んでいるようなところだった。

 

私の部屋にも流れ込んでくる。

 

当然朝は起きられないので、この下宿から予備校に行くものは誰もいない。

 

早朝4時に起きて酒代稼ぎに皆で土方仕事を始めるようになった。

 

そのうち本業のように作業服に刺繍されたネームが入るほどになった。

 

ある日、札幌の地下鉄工事をしていたとき、親方から「コーラを買ってこい。」と言われ、地上に出てコーラを買いに行った。

 

すると前から、高校の友達で医者の息子のお母さんが前から歩いてきた。

 

その道に他の人は誰一人歩いていない。

 

覚悟を決めて歩き進んで行くとすれ違っても、そのお母さんには私だと気づいてもらえなかった。

 

うちの母とも仲良かったので忘れたとは考えにくい。

 

あまりにも変わり果てた自分の姿・・・。

 

その瞬間自分の母親に電話をして、今すぐアパートを借りてくれと頼んだ。

 

母は直ぐに手配してくれた。

 

私が予備校に通っていないのもわかっていたらしい。

 

そのまま、地下鉄の工事現場には戻なかった。

 

下宿仲間に知らせれば、毎晩飲みにやってくるだろう。

 

誰にも知らせず夜逃げのようにして下宿先からアパートに移り住んだ。

 

受験まで残り3か月。

戦略を立てた。

 

国公立の医学部の定員が8,000人、理系の上位皆が医学部に行くわけではないので、

上位10,000人に入れば医学部に合格できるだろうと考えた。

 

それと同級生に受験マニアがいたことを思い出し、連絡をとった。

 

2次試験が自分にあっていそうな大学は、筑波大、金沢大、弘前大だとわかった。

 

その中で当時一番偏差値の低かった弘前大学にターゲットを絞った。

 

なんだかいけそうな気がしてきた。

 

90日先まで、毎日何ページなど勉強の予定を立てた。

 

ところが予定通りなかなか進まない。

 

休み時間は、予定変更スケジュールを立てる時間に充てた。

 

姉がたまに食事をつくりに来てくれる以外は誰にも会わず、口もきかず、毎日ハイテンションで、1日18時間程度勉強し続けた。

 

これはいけるな!と思った。

 

1次試験はパスした。

 

2次試験の日、違うバスに乗ってしまい遅刻してしまった。

 

ところが入れてもらえ受験することができた。

 

お蔭で無事に合格できた。

 

うれしかった。

 

最初はかっこいい外科医になろうと思った。

 

卒業の頃、脳外科に決まっていたのに、直前に気が変わった。

 

毎日、腫瘍を切除することばかりしていたら、飽きてしまうのではないか??

と思ってしまったのだ。

 

そこでまだ謎の領域の多い精神科を選んだ。

 

東京の国立国際医療センターで5年、のちに同じ医局の先輩に誘われ、厚生省の管轄で埼玉県所沢にある国立秩父学園という知的障碍がい者児や自閉症の子供たちがいる施設に医師として就職した。

 

自閉症などについて、それまであまりしらなかったので、調べてみると、私自身がアスペルガーだと気づいた。

 

子供のころからの違和感はアスペルガーだったから。

 

気づいてからは、無理して世間話をするようなことをしなくなった。

 

医局でネクタイ着用と言われたから、ハイビスカス柄のネクタイをしていって嫌味をいわれたことがある。

 

しかし、当時は、ハイビスカス柄のネクタイが場違いだとか嫌味を言われていることも気づかなかった。

 

自分の状態に気づけたとき、とても楽になった。

 

ある程度知識をつけ、職場にいってみると、とんでもない職場だとわかった。

 

薬や注射をする程度で後は、ほとんど生活の面倒をみているだけ。

 

賞状症状が好転するための施策療育は何もされていない。

 

会議をしても否定しあうような状態だった。

 

どうにかしなければ。

 


 

ノースカロライナ大学から自閉症の研究をしているショプラー教授が来ていて、TEACCHプログラムの講演会があると聞き、学びに行った。

 

素晴らしい内容だったので、園に行って話すと、職員研修でその方法は聞いたことがあるという。

 

知っていたのに何もされていなかったことに愕然とした。

 

そこで、若手の職員を誘ってこのプログラムの勉強会を始めた。

 

ヨーロッパの視察ツアーやノースカロライナ大学の研修に参加しショプラー教授の家にも招かれ、日本へ帰って導入に取り組んだ。

 

結果、注射や大量の薬を飲んでも噛みつきや奇声を減らせなかったのが、TEACCHプログラムを取り入れたら、噛みつきや奇声が減り、更に薬も注射もなくすことができた。

 

数か月で他の施設から教えてほしいと依頼が入った。

 

園でも無料で療育相談を始めた。

 

一家心中も考えたことのあるお母さんが相談に来られて自宅でもプログラムを開始したところ薬もパニックもゼロになった実績がある。

 

それまで、車に乗れば後部座席でずっと飛び跳ね、シート後輪のバネを折ってしまうような子供だったのに一緒に旅行ができる程になったそうだ。

 

そのころTEACCHプログラムを実践してきた園長に変わった。

 

鳥取からきた吉野先生という方が園長になると、トップダウンの指令で、園全体でプログラムができるようになった。

 

夜に勉強会があると、反発もあったが、厚生省が200人の宿泊施設や講堂をつくってくれた。

全国から先生や指導員が習いに来る。

 

発達障害の外来もオープンし個別指導も開始した。

 

この園を辞めるまで11年間、大変だったが楽しかった。

 

その後、代替医療と出会い、断糖が糖尿病や高血圧によいと実感し、高濃度ビタミンC点滴が体によいこともわかった。

 

ある日、断糖して血糖値を下げておいて、そこに高濃度ビタミンCを点滴したらガンに効くのではないかとひらめいた。

 

ビタミンCは過酸化水素を発生させてがん細胞を死滅させることができる。

 

ガンの餌はブドウ糖とわかっていたので、そのブドウ糖とよく似ているビタミンCを、断糖した状態で投与したら、ビタミンCがスゥーとがん細胞に入っていくことになる。

 

31歳の新婚で余命4か月の末期の子宮末期がん患者さんがいて、「この治療法をやってみよう!」ということになった。

 

まずは断糖して1回100gの高濃度ビタミンCを1か月に25回投与し、これを2か月続けたところ、肺に転移していたがんが消えた。

 

更に3か月、合計5か月続けたところ、子宮のがんが完全に消えた。

 

現在は75gの高濃度ビタミンCを月に1回投与し続けているが、再発も、その傾向もなく元気にされている。

 

その後、縁あって漢方医学やアーユルヴェーダで有名なハタイクリニックのハタイ先生が92歳のご高齢ということで、週に1回クリックを手伝うようになった。

 

並行してアーユルベーダスクールにも通いだすと、院長をやってくれないかという話になり、今に至る。

 

院長になってからも何人ものがん患者がやってくる。

 

遠くからもきてくれるので、高濃度ビタミンCの点滴を在宅でできるように設定した。

 

費用も半分になるし来院回数もグッと減らすことができる。

 

そんな噂を聞いてか出版の話がきて、KKベストセラーズから「ビタミンC点滴と断糖療法でガンが消える!死の宣告から救った医師と甦った患者たち」を出版した。

 

その後、発達障害や自閉症、アスペルガーについての本をも合わせて20冊くらい執筆した。

 

今は、アトピーやリウマチの患者さんも多く通ってくる。

 

ストレスをコントロールすることが前提だが、アトピーやリウマチ等の免疫系の疾患には、ノイロトピンを週に3回皮内注射することが非常に有効とわかった。

 

しかも、自宅でできるようにしたので、治療費も8400円/月でできる。

 

10年間寝たきりだった人が3か月で動けるようになったなどの実績がある。

 


 

◆毎日欠かさずしていることはありますか?

 

白湯を飲むこと。

 

朝風呂に10分程度つかること。

 

お風呂につかりながら本を読む。

 

常に体を冷やさず消化力を落とさないようにしている。

 

消化ー吸収ー代謝を含めた消化力は常に落とさないことが大事。

 

また、私は体が温まるとやる気がでる。

 

 

◆自分の支えになった、或いは変えた人物・本は?

 

国立秩父園の園長だった吉野先生

 

吉野先生が園長として着任してくれたお蔭で、TEACCHプログラムが園全体でできるようになった。

 

私自身も活動の場を広げることができたし、何より楽しかった。

 

 

◆自分の人生を変えたきっかけになった言葉は?

 

吉野先生の言葉

 

「善意」と「情熱」と「知識」と「技術」この全部がないとダメ。

 

知識と技術がないのは問題外。

 

情熱と知識と技術だけなら、詐欺師もできる。

 

この4つが大事と教えてくださったことを毎日のように思い出す。

 

私の情熱は、患者さんがいることで保たれる。

 

目の前の患者さんを何とかしたいと思うと情熱がわいてくる。

 

 

◆人生の転機はいつどんなことでしたか?

 

1、  生まれたこと

私は4人兄弟の末っ子として生まれた。

 

上から女、女、男、私だ。

 

私の父は、大きな商店の長男で跡取りがどうしても必要だった。

 

娘2人の後に生まれた兄は、大変な騒ぎで歓迎されたという。

 

ところが、私を身ごもったとき、母は祖母や親族から、「おろせ」と言われたそうだ。

 

そこで、母は通りすがりで街頭に立つ占い師に私を生んだほうがよいかどうか尋ねたところ「生んだほうがよい」と言われたそうだ。

 

よく母からこの話を聞かされて育った。

 

 

2、  医学部に入学したこと

地下鉄工事の土方姿で友達のお母さんとすれ違ったとき。

 

私の母はいつも怒っているような人で、朝起きるといつも誰かを怒っている声が聞こえた。

 

また私自身も怒られたし、勉強しろとうるさかった。

 

父は、あきらめていたのか何も言わない人だった。

 

そんな両親が、私が電話して何の文句も言わず当日中にアパートを用意してくれた。

 

もしも当日でなかったら、実行せず、今の私はなかったかも知れない。

 

3、断糖と高濃度ビタミンC点滴の組み合わせをひらめいたこと

 

 

◆問題、障害或いは試練は?どうやって乗り越えたのですか?

 

医学部受験の時

 

後3か月で勝負しなければならなかったとき、ひらめきとデータを合理的にパパッと取り入れたことが功を奏した。

 

また「いけそう」と思えたことが良かった。

 

小さな成功体験を積むことで頑張れば何とかできると思えるようになった。

 

大変なことがあると私はワクワクする。

 

どうもその方が盛り上がるようだ。

 

それと、大変なことを乗り越えたことはネタになる。

 

大変なことは私にとってネタづくりであり、だれかの参考になればいいと思っている。

 

 

◆夢は?

 

マイ温泉を掘ること!

 

自分のクリニックを東京の八重洲にもつこと!

 

ハタイクリニック

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